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火星探険
海野十三
日本におけるSFの始祖となった小説家。本名は佐野昌一。徳島市の医家に生まれ、早稲田大学理工科で電気工学を専攻。逓信省電気試験所に勤務するかたわら、1928(昭和3)年、「新青年」に『電気風呂の怪死事件』と名付けた探偵小説を発表して小説家としてデビュー。以降、探偵小説、科学小説、加えて少年小説にも数多くの作品を残した。太平洋戦争中、軍事科学小説を量産し、海軍報道班員として従軍した海野は、敗戦に大きな衝撃を受ける。敗戦翌年の 1946(昭和21)年2月、盟友小栗虫太郎の死が追い打ちをかけ、海野は戦後を失意の内に過ごす。筆名の読みは、「うんのじゅうざ」、「うんのじゅうぞう」の二通りが流布している。
すばらしい計画
夏休みになる日を、指折りかぞえて待っている山木健(けん)と河合二郎だった。
夏休みが来ると二人はコロラド大峡谷(きょうこく)一周の自動車旅行に出る計画だった。もちろん自動車は二人がかわるがわる運転するのだ。往復に五週間の日数があててあった。これだけ日数があれば、憧(あこが)れの大峡谷で十分にキャンプ生活が楽しめるはずだった。
二人は、この大旅行に出ることが非常にうれしかったので、前々から近所の友だちにもふれまわっておいた。友だちはそれを聞いてうらやましがらない者はなかった。そしてぜひいっしょに連れて行ってくれと頼まれるのだった。しかし二人はそれを断りつづけた。というのは、二人が使うことになっている自動車にいささかわけがあったのである。何しろ二人とも親許(おやもと)をはなれている少年だったので、おこづかいは十分というわけには行かなかった。そこで学業のひまに新聞を売ったり薪(まき)を割ったりして働いて得た金を積立てて自動車を買うわけであるから、あまり立派なものは手に入らなかった。今二人が頼んであるのは、牧場(ぼくじょう)で不用になった牛乳配達車であり、しかもエンジンが動かなくなって一年も放りだしてあったというたいへんな代物(しろもの)で、二人にはキャンプ材料に食糧を積むのがせいいっぱいであると思われた。
